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質屋とは?Part1
質屋の歴史
こんにちは!
皆様、”質屋”と聞いて、どんなサービスを提供するお店か想像できますでしょうか?的確に、ご説明できる方は少ないのではないでしょうか。そんな”質屋”のシステムについては、こちらでまとめているので、よろしければご覧になってください。
本記事では、そんな”質屋”についてもっと知っていただくために、質屋の歴史について解説いたします!
古代
質屋の起源は古代中国、漢代(紀元前206年 – 220年)まで遡ります。正確には”質屋”というお店ではなく質預かりという形態での起源になります。何千年も前の文化が現代にも受け継がれているというのは、素晴らしいことですね。
古代中国では、商業が早くから発展し、この時代からすでに交易や市場活動が盛んに行われていました。
古代中国での質預かり制度の初めは、貧しい農民の資金不足を解消するため、担保として物品を預かり、金銭を貸し出すようになったのが始まりとされています。
基本的なプロセスは現代と変わりありませんが、担保として預けられる物品には、絹や陶磁器など、この時代の背景に沿った価値観を感じさせますね。
中世
中世ヨーロッパでは、キリスト教会や修道院が質屋としての役割を果たすことが多かったのです。この時期には、商業的な目的というより、貧困者に対する支援として機能することが一般的でした。
そしてこの時代の質屋の面白いところは、宗教の壁を超えたことの壁を超えたこと。宗派による差別はなく、キリスト教徒であっても、修道院の営む質屋を利用することができ、当然その逆も然りでした。
宗教的な迫害の多かった時代に、宗教の壁を超えて手を取り合うことができた質屋という文化の重要性が分かりますね。
日本の質屋
日本でも鎌倉時代には質屋の原型が存在していました。
当時の質屋は「土倉(戸倉)」と呼ばれており、鎌倉時代から室町時代にかけて商業活動が活発化する中で発展しました。
主な利用者は武士や庶民でしたが、財産が集まることで、反感を買い襲われることがしばしばあったそうです。そのため、用心棒を雇ったり自衛の手段を取りますが、政府からの徳政令の影響もあり、経営難に陥ることも多かったそうです。
悪いことをしているわけではないのですが、人から反感を買いやすい職業というのは苦労が絶えませんね。
そんな質屋の原型となった土屋の数が急激に増えたのが、時は流れて江戸時代。この頃には「土屋」からお馴染みの「質屋」へと呼び名を変えました。
この時代では、質草として、家財道具や衣服、装飾品などが一般的でした。また、武具類や鎧に兜、将軍家の家紋の入ったもの等は禁止されていましたが、実際は見逃されるケースが多く、こちらも質草として預けられることが多かったそうです。
近代
19世紀はヨーロッパでは産業革命の時代であり、急速な工業化が進みました。産業革命によって、新しい産業やビジネスが登場し、この変化に伴い、商人や労働者、企業家などが資金を必要とする機会が増え、質屋の需要が高まりました。
20世紀の日本においても、質屋は依然として重要な金融機関であり、第二次世界大戦の影響で物資不足やインフレーション、失業率の増加など、多くの人々が経済的な困難に直面しました。これにより、急な資金調達手段として質屋は重要な役割を果たしていました。
ちなみに・・・世界中の質屋
質屋は、世界中の多くの国で運営されています。たとえば、アメリカ、イギリス、中国、インド、日本など、様々な国で質屋は地域経済の一部として機能しています。各国の質屋には、それぞれ独自の法律や規制があり、それに基づいて運営されています。
・アメリカ: アメリカでは、質屋は特に小規模な経済活動や地域社会において重要な役割を果たしています。
・イギリス: イギリスの質屋は、中世から存在し、多くの歴史的な質屋が今も運営されています。
・中国: 中国では、質屋は「当鋪(ドンブ)」として知られ、伝統的な資金調達手段として広く利用されています。
・インド: インドでも、質屋は長い歴史を持ち、特に農村部で重要な役割を果たしています。
・日本: 日本では、質屋は江戸時代から庶民の間で広く利用されており、現代でもその役割を続けています。
質屋は世界中に点在しており歴史があります!
質屋は、世界中で広く利用されている資金調達手段の一つです。歴史的な背景と地域ごとの特徴を持ち、現在も多くの人々に利用されています。質屋のシステムは、物品を担保にお金を借りるというシンプルな仕組みで、多くの人々にとって貴重なサービスとなっています。